ITの今後10年~30年の動向について ④
2007年05月01日
第1回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e1442.html
第2回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e1540.html
前回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e1662.html
なぜ「情報の市場」が、われわれの存在そのものに大きな影響を与えるか?
ここで、以前、私がお話した「”森”が先か、”木”が先か」というお話を思い出してみてください。
まだ、お読みになっていない方は、以下のページをご覧下さい。
http://katsu.i-ra.jp/e515.html
そこに、「われわれは、他人との関係性の中で生きています。」ということを書きました。(思い出しましたか?)
実は、この「他人との関係性」とは、まさに「情報」のことなんですね。
先日知人から、あるテレビで、何人かの小学生に、「心はどこにあるかなあ?」という質問をして珍回答をもらう番組のお話を聞きました。
「心臓」とか「胸」とか「頭の中」という回答の中に、「君と僕の間」という回答があったそうです。
番組の中では、「小学生の捉え方はユニーク」という話で終わっていたようですが、私はこの話を聞いた時、「すごい!
」と思いました。
われわれは自分で考え、感じ、行動していますが、その「われわれ」自身が他人やものとの関係性の中にいる、というお話をしました。即ち、心というのは「君と僕の間」「ものと私の間」にあるともいえるんですね。もし、その小学生が、このことを意識して回答していたとしたら、超天才ですね。「超早熟の哲学者」といえます。(ただ、そのことが小学生にとって嬉しいことかどうかわかりませんが(^^;)
ちょっと話はずれましたが、その他人やものとの関係性が「情報そのもの」であり、(あまり誤解してほしくないのですが)われわれの「存在」が「情報そのもの」である、ということです。(このことは、決してわれわれの感情や意思を否定するものではありません。われわれの感情や意思の土台の話をしています。)
そして、道草ついでにお話すると、われわれの「存在」が「情報」であるとすれば、肉体が滅んでも「存在」する可能性があり、亡くなった故人が、他人の心の中にいつまでも生き続ける可能性がある、ということです。ただし、生前の他人との関係性をいかに構築しているかに大きく影響を受けますが。
従って、もうお分かりだと思いますが、「情報市場」はわれわれの「存在」そのものにも大きく影響を与えていくものなんです。
「インターネット」が登場するまでは、「情報の流通」はあまり大きくはなされていなかったので、われわれの「存在」はそんなに大きく影響を受けませんでした。(ただし、「インターネット」以外でも「情報の流通」はありますから、まったく影響がなかったわけではありません。)が、「インターネット」の登場以降、「情報の流通」はどんどん加速度的に大きくなっています。われわれの「存在」はどんどん影響を受けていくようになるでしょう。
このことを、肯定的にとらえる人と否定的にとらえる方がいらっしゃると思います。(実は、私は「やや否定的」「慎重」にとらえています。)しかしながら、もう後戻りできないことだけは確実です。もう進むしかないのが、われわれの現実です。
現時点の「情報市場」はまだ生まれて間もないですから、そんなに大きな影響を与えていませんが、今後、どれほどの影響が、われわれの「存在」にあるか、私は想像すらできません。(最近出てきた「セカンドライフ」に、若干その萌芽を見受けることができますが。)
以上が、この「IT革命」の大変大きな意味だ、と私は思っています。だから、「革命」なんだと思います。
ここまでで今回はかなり話がながくなってしまい、誠に恐縮です。
次回からは、いよいよこの「IT革命」によって、われわれの生活、経済、社会がどのように変わっていくか、私の独断と偏見で大胆予想をしてみたい、と思います。
では、また明日。
次へ → http://katsu.i-ra.jp/e1771.html
第2回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e1540.html
前回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e1662.html
なぜ「情報の市場」が、われわれの存在そのものに大きな影響を与えるか?
ここで、以前、私がお話した「”森”が先か、”木”が先か」というお話を思い出してみてください。
まだ、お読みになっていない方は、以下のページをご覧下さい。
http://katsu.i-ra.jp/e515.html
そこに、「われわれは、他人との関係性の中で生きています。」ということを書きました。(思い出しましたか?)
実は、この「他人との関係性」とは、まさに「情報」のことなんですね。
先日知人から、あるテレビで、何人かの小学生に、「心はどこにあるかなあ?」という質問をして珍回答をもらう番組のお話を聞きました。
「心臓」とか「胸」とか「頭の中」という回答の中に、「君と僕の間」という回答があったそうです。
番組の中では、「小学生の捉え方はユニーク」という話で終わっていたようですが、私はこの話を聞いた時、「すごい!

われわれは自分で考え、感じ、行動していますが、その「われわれ」自身が他人やものとの関係性の中にいる、というお話をしました。即ち、心というのは「君と僕の間」「ものと私の間」にあるともいえるんですね。もし、その小学生が、このことを意識して回答していたとしたら、超天才ですね。「超早熟の哲学者」といえます。(ただ、そのことが小学生にとって嬉しいことかどうかわかりませんが(^^;)
ちょっと話はずれましたが、その他人やものとの関係性が「情報そのもの」であり、(あまり誤解してほしくないのですが)われわれの「存在」が「情報そのもの」である、ということです。(このことは、決してわれわれの感情や意思を否定するものではありません。われわれの感情や意思の土台の話をしています。)
そして、道草ついでにお話すると、われわれの「存在」が「情報」であるとすれば、肉体が滅んでも「存在」する可能性があり、亡くなった故人が、他人の心の中にいつまでも生き続ける可能性がある、ということです。ただし、生前の他人との関係性をいかに構築しているかに大きく影響を受けますが。
従って、もうお分かりだと思いますが、「情報市場」はわれわれの「存在」そのものにも大きく影響を与えていくものなんです。
「インターネット」が登場するまでは、「情報の流通」はあまり大きくはなされていなかったので、われわれの「存在」はそんなに大きく影響を受けませんでした。(ただし、「インターネット」以外でも「情報の流通」はありますから、まったく影響がなかったわけではありません。)が、「インターネット」の登場以降、「情報の流通」はどんどん加速度的に大きくなっています。われわれの「存在」はどんどん影響を受けていくようになるでしょう。
このことを、肯定的にとらえる人と否定的にとらえる方がいらっしゃると思います。(実は、私は「やや否定的」「慎重」にとらえています。)しかしながら、もう後戻りできないことだけは確実です。もう進むしかないのが、われわれの現実です。
現時点の「情報市場」はまだ生まれて間もないですから、そんなに大きな影響を与えていませんが、今後、どれほどの影響が、われわれの「存在」にあるか、私は想像すらできません。(最近出てきた「セカンドライフ」に、若干その萌芽を見受けることができますが。)
以上が、この「IT革命」の大変大きな意味だ、と私は思っています。だから、「革命」なんだと思います。
ここまでで今回はかなり話がながくなってしまい、誠に恐縮です。
次回からは、いよいよこの「IT革命」によって、われわれの生活、経済、社会がどのように変わっていくか、私の独断と偏見で大胆予想をしてみたい、と思います。
では、また明日。
次へ → http://katsu.i-ra.jp/e1771.html

今日は久しぶりに何もせず・・・・
ずいぶん久しぶりのアップになっちゃって・・・・
今年は太宰治の生誕100周年です
信じたくはないが、戦争を起こしたい人がいるんじゃないのか!
蔵王の自然
ホンダ、F1撤退・・・・ほんとに寂しいねえ
ずいぶん久しぶりのアップになっちゃって・・・・
今年は太宰治の生誕100周年です
信じたくはないが、戦争を起こしたい人がいるんじゃないのか!
蔵王の自然
ホンダ、F1撤退・・・・ほんとに寂しいねえ
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こんばんは、はじめまして、
早速コメントありがとうございました。
良いアイディアですよね?
夕陽予報士、僕も少しずつ動いています…。
夕陽が出るの当てたり、夕陽で明日の天気
を当てちゃう、なんて…漁師のおじちゃん
居ますが、機械ものは苦手!
PCが使えなかったりしますから、(笑)
そんな人がPC使えるようになって
ブログ始められたら
すごく良いんだけど、(笑)
まぁそんなこともあり、
今後も宜しくお願いします
猟師のおじさんの「生きる知恵」というのは、すごいねえ。
でもおじさんに無理やり「ブログ」させるのもなかなか難しいですね。
なんかのタイミングに、「おじさん、面白い会あるよ」といって「ブログ村」に連れてきちゃう、とかね・・・・・やっぱ、無理か(^^;;