ライフノート(デスノートじゃないよヾ(´▽`;)ゝ)
2008年02月12日
今日のモーニングセミナーはほんとに面白かったですねえ。
講師は木幡美麗(こはたみれい)さん。
ライフノートという、自分の人生を書き写すノートを作られた方です。
自分がいつ死んでもよいように、残った方々のために自分の人生を日頃から記録しておくことができるノートです。
詳しくはこちらのページ。
本日のセミナーの内容は、このノートを作ることになったご自分(木幡さん)の人生について。
そして、この方の人生が本当に数奇に富んだ人生でした。
波乱万丈といえばそのとおりなんですが、単なるそんな言葉では決して言い表せない・・・・強いて言えば・・・・超超ユニーク・・・・・奇想天外・・・・・なんで、こうなるの??・・・・というような人生なんです。とにかく、こう言っては失礼かもしれませんが、面白い!!
人生って深いなあ・・・・まだ自分の知っていることってほんとにちっぽけなことなんだなあ・・・・・人生の味ってこういうことかも・・・というような感想です。
なんだかもったいつけてるみたいでごめんなさい。
私が、今ここで、さっき聞いた木幡さんのお話を書いても、きっと百分の一も伝わらないと思いますが、記憶に残しておくために書いておきます。
今から数十年前のこと。竹中工務店に勤務されていた木幡さんは結婚されて、お子さんを一人儲けます。ご主人はサウジアラビラに単身赴任。(数十年前のサウジアラビアへの単身赴任ですから、かなり異例中の異例だったんでしょう)
木幡さんはお子さんがいたので、ご主人と一緒にサウジアラビアに行きたかったのですが、ご主人からOKが出ず、やむなく国内に留まります。ところが、問題はこれからで、ご主人のお兄さんが、ご主人の給与を一手に管理し、木幡さんに一銭のお金も渡してくれません。困った木幡さんは、ご主人と離婚することに。
さあ、どうやって食っていこうか・・・。
そこで、教師をやりたい、と思います。ところがそれまで、何も勉強などしてきていません。また、学校に入って勉強しようにもお金がまったくありません。そこで、なんと、通信教育で教員免許をとろうとします。おそらくかなり難しかったんだろうと思いますが、彼女は通信教育は本来2年かかるところを1年で教員免許を取得します。
そして、今度は職を得るために、いくつかの学校に自分を売り込みにいきます。その中で、産休補助教員の口があり、念願の教員へ。
と、ここまでは、すごい人生と思いますし、他人が決してまねできない、やろうと思ってもできない人生なんですが、彼女のもっとすごいところは、やっていることを徹底することです。
たとえば、教員としてプロフェッショナルに徹するために、英語教員であったことから、英語のベースになっている聖書を徹底的に勉強します。聖書がぼろぼろになるまで読むので、現在の聖書はなんと7冊目だそうです。旧約聖書はヘブライ語で書かれていて、新約聖書はギリシャ語からラテン語まで。40人の著者がいて・・・・というようなことまで勉強しつくしたそうです。
そして、ここまでプロに徹した教員の道(20年の経験)を、ある日、ぽっと捨てるんですね。それはなぜかというと、家を建てたいから大工になりたい、ということだけで。
ある時、道を歩いていたら、一生懸命ブレード(刃、ナイフ)を作っている職人(親方)がいました。実は、彼女は幼いころに父親の兄弟がナイフで刺されて殺されたことがあったそうです。それで、血糊のついたナイフを、警察が父親に見せているのを幼いj彼女が見てしまいました。あまりのショックで、以来、鋭利なものを見れなくなっていました。
ところが、親方の作っているブレードは、刃が柔らかいように見えて、不思議に怖くありませんでした。
彼女は親方に話しかけます。「なんでこの刃は怖くないんでしょうか?」。
親方は、「ナイフというのは道具なんで、本来は怖くないんだよ。怖いと感じるのは、ナイフで殺人が行われるのをイメージするからであって、本来の道具という観点からみれば、怖いものではなく役に立つもの、と見えるんだよ」と答えました。
そんなやりとりもあって、彼女は親方がブレード職人ということだけでなく大工であることがわかって、大工の見習いがやりたい、と伝えます。40過ぎで、しかも手に覚えのない、通りすがりの女性からいきなりそう言われても、当然親方は半信半疑であったそうですが、3日間現場の助手として連れまわして、彼女があきらめるふうでもなく一生懸命だったので、それから3年間、見習いとして雇ったそうです。教員から突然、大工見習いへ。なんという人生の転換でしょう。彼女は大工見習いも徹底的にやったことから大工用語もしっかり覚えました。
そして、そんな大工見習いもひょんなことから急転回します。
親方が突然倒れました。それも原因不明の病で。医者に行っても病名が分かりません。親方に身寄りの者がいなかったことから、彼女が身の回りのお世話をすることになります。しかも大工仕事、ブレード職人、そして、なんと親方は夜はテナーサックスプレイヤーとして、JAZZバンドにも参加していたそうですから、それらの仕事が彼女に覆いかぶさってきます。当然、彼女はそれらを一つ一つこなしていくわけです。そして、その合間に親方の病名を調べるために、ありとあらゆる医学辞典・文献を調べて、ようやく病気の原因を解明するという離れ業までやってのけるのですから、もう常人とは思えませんねえ。超スーパー、ウルトラ、ハイパー・・・・ま、いいや、とにかくすごい人です。
と、この後、大工の棟梁の仕事から平安葬祭に移るんですが、ここの経緯は時間がなくてお話されませんでした。きっとまた、とんでもない転回があったに違いありません。
そして、平安葬祭に移ってからも、超スーパーぶりは遺憾なく発揮されます。移って5ヶ月で、言わば新人の身ながら、社内トップのセールスレディになったそうです。年収は1500万。これを9年間キープしました。もう唖然。
そして、この仕事も突然、放り出すんですから、いったいこの人は何者なんでしょうか?
この最後の転回が、「ライフノート」作成が原因となっているわけです。
彼女の同僚が、犬にかまれて、ある日突然、これも原因不明の病に倒れます。いくつか病院を回りましたが、最終的には起き上がれなくなってしまいます。
彼女は自分の死期を悟ります。
そして彼女が木幡さんに言ったことは、「今まで生きてきた色々な思い出や、皆へのメッセージ、感謝の言葉や写真なんかも一緒にまとめられたらいいね。それにもしものときの希望や残したものの一覧表、大切な物入れの袋がついていると便利だよね。そんな、一つで全部できるものが欲しいよね。」
それに対して木幡さんは、「わかった。その希望を現実のものにするよ。きっとかなえるから。」と約束しました。
それから、木幡さんは、いろいろな文房具店をまわりますが、そのようなものはありません。
そこで・・・ここがもう普通じゃないと思いますが・・・・、ないなら自分で作ろうと思います。次から、ありとあらゆる業者を訪ね歩き、先の彼女の要望を伝えますが、皆一笑に付します。しかしながら、回っている中から木幡さんの熱意に動かされて、ある会社が協力を申し出て、様々な試行錯誤の末、「ライフノート」は出来上がります。病に倒れた彼女の要望を聞いたときから、わずか3ヶ月で。ほんまに・・・・この行動力は・・・・いったいなに!
そして、高給をもらっていた平安葬祭を、この「ライフノート」作成をきっかけにあっさりと辞めてしまうんですから。あいやー!!!( ̄□ ̄;)ギョッ
木幡さんは言います。「ライフノートは、日本をローマ滅亡のような有様にしないために、今の日本に必ず必要とされるものです。聖書から学んだことは、ローマ滅亡は、外からの攻撃ではなく、内から瓦解していったということです。その際に家族の崩壊が引き金になっています。日本は今、核家族化が極端に進み、家族崩壊が進んでいます。ライフノートは、ご自分の人生の記録を残された家族がいつでも見れるようにすることによって、家族間のつながりを密にします。これによって家族崩壊を防ぎます。」
ほんとに、ここまで木幡さんの人生の記録を若干、私も記述したことによって、そのさわりを疑似体験させていただきましたが、人生ってほんとに何が起こるかわかりませんね。また、木幡さんの人生を振り返ると、逆に人生って何でもできるんだなあ、と深く思います。
ほんまに、人の一生っておもろいでんなあ。へたなドラマよりはるかに面白いでっせー。
ということが、朝はよから実感できて、今日もハッピーですわ。
では皆さん、がんばりんしゃい。わてもがんばるさかい。いってらっしゃーい。
講師は木幡美麗(こはたみれい)さん。
ライフノートという、自分の人生を書き写すノートを作られた方です。
自分がいつ死んでもよいように、残った方々のために自分の人生を日頃から記録しておくことができるノートです。
詳しくはこちらのページ。
本日のセミナーの内容は、このノートを作ることになったご自分(木幡さん)の人生について。
そして、この方の人生が本当に数奇に富んだ人生でした。
波乱万丈といえばそのとおりなんですが、単なるそんな言葉では決して言い表せない・・・・強いて言えば・・・・超超ユニーク・・・・・奇想天外・・・・・なんで、こうなるの??・・・・というような人生なんです。とにかく、こう言っては失礼かもしれませんが、面白い!!
人生って深いなあ・・・・まだ自分の知っていることってほんとにちっぽけなことなんだなあ・・・・・人生の味ってこういうことかも・・・というような感想です。
なんだかもったいつけてるみたいでごめんなさい。
私が、今ここで、さっき聞いた木幡さんのお話を書いても、きっと百分の一も伝わらないと思いますが、記憶に残しておくために書いておきます。
今から数十年前のこと。竹中工務店に勤務されていた木幡さんは結婚されて、お子さんを一人儲けます。ご主人はサウジアラビラに単身赴任。(数十年前のサウジアラビアへの単身赴任ですから、かなり異例中の異例だったんでしょう)
木幡さんはお子さんがいたので、ご主人と一緒にサウジアラビアに行きたかったのですが、ご主人からOKが出ず、やむなく国内に留まります。ところが、問題はこれからで、ご主人のお兄さんが、ご主人の給与を一手に管理し、木幡さんに一銭のお金も渡してくれません。困った木幡さんは、ご主人と離婚することに。
さあ、どうやって食っていこうか・・・。
そこで、教師をやりたい、と思います。ところがそれまで、何も勉強などしてきていません。また、学校に入って勉強しようにもお金がまったくありません。そこで、なんと、通信教育で教員免許をとろうとします。おそらくかなり難しかったんだろうと思いますが、彼女は通信教育は本来2年かかるところを1年で教員免許を取得します。
そして、今度は職を得るために、いくつかの学校に自分を売り込みにいきます。その中で、産休補助教員の口があり、念願の教員へ。
と、ここまでは、すごい人生と思いますし、他人が決してまねできない、やろうと思ってもできない人生なんですが、彼女のもっとすごいところは、やっていることを徹底することです。
たとえば、教員としてプロフェッショナルに徹するために、英語教員であったことから、英語のベースになっている聖書を徹底的に勉強します。聖書がぼろぼろになるまで読むので、現在の聖書はなんと7冊目だそうです。旧約聖書はヘブライ語で書かれていて、新約聖書はギリシャ語からラテン語まで。40人の著者がいて・・・・というようなことまで勉強しつくしたそうです。
そして、ここまでプロに徹した教員の道(20年の経験)を、ある日、ぽっと捨てるんですね。それはなぜかというと、家を建てたいから大工になりたい、ということだけで。
ある時、道を歩いていたら、一生懸命ブレード(刃、ナイフ)を作っている職人(親方)がいました。実は、彼女は幼いころに父親の兄弟がナイフで刺されて殺されたことがあったそうです。それで、血糊のついたナイフを、警察が父親に見せているのを幼いj彼女が見てしまいました。あまりのショックで、以来、鋭利なものを見れなくなっていました。
ところが、親方の作っているブレードは、刃が柔らかいように見えて、不思議に怖くありませんでした。
彼女は親方に話しかけます。「なんでこの刃は怖くないんでしょうか?」。
親方は、「ナイフというのは道具なんで、本来は怖くないんだよ。怖いと感じるのは、ナイフで殺人が行われるのをイメージするからであって、本来の道具という観点からみれば、怖いものではなく役に立つもの、と見えるんだよ」と答えました。
そんなやりとりもあって、彼女は親方がブレード職人ということだけでなく大工であることがわかって、大工の見習いがやりたい、と伝えます。40過ぎで、しかも手に覚えのない、通りすがりの女性からいきなりそう言われても、当然親方は半信半疑であったそうですが、3日間現場の助手として連れまわして、彼女があきらめるふうでもなく一生懸命だったので、それから3年間、見習いとして雇ったそうです。教員から突然、大工見習いへ。なんという人生の転換でしょう。彼女は大工見習いも徹底的にやったことから大工用語もしっかり覚えました。
そして、そんな大工見習いもひょんなことから急転回します。
親方が突然倒れました。それも原因不明の病で。医者に行っても病名が分かりません。親方に身寄りの者がいなかったことから、彼女が身の回りのお世話をすることになります。しかも大工仕事、ブレード職人、そして、なんと親方は夜はテナーサックスプレイヤーとして、JAZZバンドにも参加していたそうですから、それらの仕事が彼女に覆いかぶさってきます。当然、彼女はそれらを一つ一つこなしていくわけです。そして、その合間に親方の病名を調べるために、ありとあらゆる医学辞典・文献を調べて、ようやく病気の原因を解明するという離れ業までやってのけるのですから、もう常人とは思えませんねえ。超スーパー、ウルトラ、ハイパー・・・・ま、いいや、とにかくすごい人です。
と、この後、大工の棟梁の仕事から平安葬祭に移るんですが、ここの経緯は時間がなくてお話されませんでした。きっとまた、とんでもない転回があったに違いありません。
そして、平安葬祭に移ってからも、超スーパーぶりは遺憾なく発揮されます。移って5ヶ月で、言わば新人の身ながら、社内トップのセールスレディになったそうです。年収は1500万。これを9年間キープしました。もう唖然。
そして、この仕事も突然、放り出すんですから、いったいこの人は何者なんでしょうか?
この最後の転回が、「ライフノート」作成が原因となっているわけです。
彼女の同僚が、犬にかまれて、ある日突然、これも原因不明の病に倒れます。いくつか病院を回りましたが、最終的には起き上がれなくなってしまいます。
彼女は自分の死期を悟ります。
そして彼女が木幡さんに言ったことは、「今まで生きてきた色々な思い出や、皆へのメッセージ、感謝の言葉や写真なんかも一緒にまとめられたらいいね。それにもしものときの希望や残したものの一覧表、大切な物入れの袋がついていると便利だよね。そんな、一つで全部できるものが欲しいよね。」
それに対して木幡さんは、「わかった。その希望を現実のものにするよ。きっとかなえるから。」と約束しました。
それから、木幡さんは、いろいろな文房具店をまわりますが、そのようなものはありません。
そこで・・・ここがもう普通じゃないと思いますが・・・・、ないなら自分で作ろうと思います。次から、ありとあらゆる業者を訪ね歩き、先の彼女の要望を伝えますが、皆一笑に付します。しかしながら、回っている中から木幡さんの熱意に動かされて、ある会社が協力を申し出て、様々な試行錯誤の末、「ライフノート」は出来上がります。病に倒れた彼女の要望を聞いたときから、わずか3ヶ月で。ほんまに・・・・この行動力は・・・・いったいなに!
そして、高給をもらっていた平安葬祭を、この「ライフノート」作成をきっかけにあっさりと辞めてしまうんですから。あいやー!!!( ̄□ ̄;)ギョッ
木幡さんは言います。「ライフノートは、日本をローマ滅亡のような有様にしないために、今の日本に必ず必要とされるものです。聖書から学んだことは、ローマ滅亡は、外からの攻撃ではなく、内から瓦解していったということです。その際に家族の崩壊が引き金になっています。日本は今、核家族化が極端に進み、家族崩壊が進んでいます。ライフノートは、ご自分の人生の記録を残された家族がいつでも見れるようにすることによって、家族間のつながりを密にします。これによって家族崩壊を防ぎます。」
ほんとに、ここまで木幡さんの人生の記録を若干、私も記述したことによって、そのさわりを疑似体験させていただきましたが、人生ってほんとに何が起こるかわかりませんね。また、木幡さんの人生を振り返ると、逆に人生って何でもできるんだなあ、と深く思います。
ほんまに、人の一生っておもろいでんなあ。へたなドラマよりはるかに面白いでっせー。
ということが、朝はよから実感できて、今日もハッピーですわ。
では皆さん、がんばりんしゃい。わてもがんばるさかい。いってらっしゃーい。

イチローのWBCへの思いにすごく惹かれるものを感じます
オバマ氏の勝利宣言(歴史に残る名演説)
わが人生を語ってまいりました
日本の教育が変わる!(2人の巨人が出会った日!)
大切な人へ
九地の変 孫子の言葉
オバマ氏の勝利宣言(歴史に残る名演説)
わが人生を語ってまいりました
日本の教育が変わる!(2人の巨人が出会った日!)
大切な人へ
九地の変 孫子の言葉
とても真似できません(--;)
まあ私から見ればかっちゃんもかなりのものですケド・・・
この前話したフレンチ写真の件、今日明日あたりに一度ご連絡しますね。
僕は普通のおじさんですよ。
フレンチ写真の件、どうもありがとう!
コラボできると楽しいですね。
よろしくお願い申し上げます。
モーニングセミナーに、参加されてるんですね。早起きだなぁ。
自分は、とてもこの方のようには
出来ませんが、
何か一つのことを、ずっと
追い続けていきたいです。
そうですね。1つのことに集中して追い続けていくことも、なかなか常人ではできないことですね。すばらしいと思います。
また、宜しくお願いします。
毎週火曜日の朝早くはつらいけど、行くとすばらしい時間がすごせますね。大事な時間です。
今後ともよろしくお願いします。