ITの今後10年~30年の動向について ⑭
2007年06月14日
第1回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e1442.html
第2回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e1540.html
第3回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e1662.html
第4回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e1703.html
第5回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e1771.html
第6回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e1885.html
第7回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e1940.html
第8回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e2295.html
第9回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e2479.html
第10回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e3452.html
第11回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e3603.html
第12回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e4128.html
前回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e4178.html
さて、「国」が消えていくお話です。
まず、「国」が消えていく、とはどういうことか、です。
「国」が消える、ということは国境の壁が低くなり、終いにはなくなることで、ヒトとモノの行き来が国の単位を超えて、自由になるということを指します。
この、いわゆる「ボーダーレス社会」ということは、多くの識者が新聞・書物等でお話ししていることですが、これからの30年はこのことがより一層進み、われわれの身近な生活のレベルまで深くそして広く浸透してくることになります。
今までは、「ボーダーレス社会」をどこか他人事のように、考えられる余裕がありましたが、これからは、まさに「自分事」となって、あらゆる生活の諸断面に降り注いでくるでしょう。
われわれは、仕事、生活、教育、環境等のあらゆる身近な場面で、国際化を意識することになります。
そして、そのことによって、われわれは「日本国民」とほぼ同等のレベルで「世界市民」を意識することになります。(正確に言うと「意識させられます。」)
例えば、私は、現在、静岡県東部地区を中心に事業を展開し、仕事を行っているわけですが、従来ですと、仕事上の競合相手は、同じ地域の事業者である比重が高かったわけです。ところが、これからは同じ地域の事業者と同等のレベルで、日本国内の、そして、世界各国の事業者を考えていかなければ事業の継続はできません。
そして、このことは私たちの業界だけの話しではなく、ありとあらゆる全ての事業者にとっても共通の話題です。これからの、あなたの街の八百屋さんは、世界中の市場の情報を手に入れていないと、商売ができなくなるかもしれません。(商店街に足を運ぶ顧客のみを相手にしているだけでは、ジリ貧状態がさらに深刻に進みます。)
事業者からみれば、「ボーダーレス社会」は過酷な競争を強いることになります。
消費者からみれば、「ボーダーレス社会」は「よりよい商品・サービスをより安く」手に入れることを可能にします。
ごく身近な消費行動から国内と海外のきびしい比較選別が始まります。
国内の教育サービスより、海外の教育サービスの方が、より高品質でより低価格であれば、顧客はいとも簡単に、海外のサービスを選択します。
このように、事業者にとっては、「ボーダーレス社会」は大変大きなデメリットしかもたらさないように思えますが、実は違います。
私は、「ボーダーレス社会」は事業者に大変大きなチャンスも同時にもたらすと思っています。
「ボーダーレス社会」は、日本の地方の中小零細企業を、いきなり「世界企業」にするチャンスをもたらします。もちろんチャンスは、日本だけでなく、中小零細企業だけでなく、あらゆる国々の、ありとあらゆる業態の企業に等しく与えられます。
「よりよい商品・サービスをより安く」提供できた企業には、「世界市場」が与えられます。
重要なことは、「消費者のニーズを、潜在化しているものも含めて、『人間が欲するもの』という普遍化したレベルでとらえ、それに応える商品・サービスを開発すること」。
例えば、教育事業に関してですが、「日本国内の大学合格を目的とした受験市場」に特化した商品・サービスであれば、その市場は海外には存在しません。ところが、その商品・サービスを、教育の本質(普遍性)に立脚し、即ち、「人間の脳力開発」に根ざしたものとし、例えば「認知症予防」「アルツハイマー予防」のために資する商品・サービス開発を行い、「よりよい商品・サービス」を「より安く」提供できたとしたら、対象市場は国内だけではなく「世界市場」となります。(もちろん、この場合においても、中小企業の事業展開の戦略としては、まずニッチな部分から起こしていった方がよいように思いますが。)
実は、これとよく似た具体的な事業展開は、「公文式学習」です。
皆さん、よくご存知のとおり、「公文式学習」の市場は世界に広がっています。「公文式学習」がいかに普遍的なものか、お分かりですね。どの国においても、「人間の能力開発」という視点で、基本的にはほぼ同じサービスを展開しています。
ここでも、「IT革命」が「本質的で普遍的な商品・サービス」を求めていることが分かります。
ところが、この「普遍性」や「普遍的なもの・こと」を事象からとらえることが、日本人はもっとも弱いのです。これは、まさしく戦後教育のもっとも大きな問題点だと思っています。
さて、今日がこのシリーズの最終回のつもりで書き進めてきましたが、実はまだお話ししたいことの半分しか述べていません。(え、まだあるの・・・・
)
従って、当初の予定にはなかったのですが、次回、「国が消えると私たちの生活はどうなるか?」をお贈りします。(もう飽きた
・・・・まあ、そう言わずお付き合いの程を
)
では、また。
次へ → http://katsu.i-ra.jp/e4974.html
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第3回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e1662.html
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第5回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e1771.html
第6回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e1885.html
第7回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e1940.html
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第9回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e2479.html
第10回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e3452.html
第11回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e3603.html
第12回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e4128.html
前回のお話 → http://katsu.i-ra.jp/e4178.html
さて、「国」が消えていくお話です。
まず、「国」が消えていく、とはどういうことか、です。
「国」が消える、ということは国境の壁が低くなり、終いにはなくなることで、ヒトとモノの行き来が国の単位を超えて、自由になるということを指します。
この、いわゆる「ボーダーレス社会」ということは、多くの識者が新聞・書物等でお話ししていることですが、これからの30年はこのことがより一層進み、われわれの身近な生活のレベルまで深くそして広く浸透してくることになります。
今までは、「ボーダーレス社会」をどこか他人事のように、考えられる余裕がありましたが、これからは、まさに「自分事」となって、あらゆる生活の諸断面に降り注いでくるでしょう。
われわれは、仕事、生活、教育、環境等のあらゆる身近な場面で、国際化を意識することになります。
そして、そのことによって、われわれは「日本国民」とほぼ同等のレベルで「世界市民」を意識することになります。(正確に言うと「意識させられます。」)
例えば、私は、現在、静岡県東部地区を中心に事業を展開し、仕事を行っているわけですが、従来ですと、仕事上の競合相手は、同じ地域の事業者である比重が高かったわけです。ところが、これからは同じ地域の事業者と同等のレベルで、日本国内の、そして、世界各国の事業者を考えていかなければ事業の継続はできません。
そして、このことは私たちの業界だけの話しではなく、ありとあらゆる全ての事業者にとっても共通の話題です。これからの、あなたの街の八百屋さんは、世界中の市場の情報を手に入れていないと、商売ができなくなるかもしれません。(商店街に足を運ぶ顧客のみを相手にしているだけでは、ジリ貧状態がさらに深刻に進みます。)
事業者からみれば、「ボーダーレス社会」は過酷な競争を強いることになります。
消費者からみれば、「ボーダーレス社会」は「よりよい商品・サービスをより安く」手に入れることを可能にします。
ごく身近な消費行動から国内と海外のきびしい比較選別が始まります。
国内の教育サービスより、海外の教育サービスの方が、より高品質でより低価格であれば、顧客はいとも簡単に、海外のサービスを選択します。
このように、事業者にとっては、「ボーダーレス社会」は大変大きなデメリットしかもたらさないように思えますが、実は違います。
私は、「ボーダーレス社会」は事業者に大変大きなチャンスも同時にもたらすと思っています。
「ボーダーレス社会」は、日本の地方の中小零細企業を、いきなり「世界企業」にするチャンスをもたらします。もちろんチャンスは、日本だけでなく、中小零細企業だけでなく、あらゆる国々の、ありとあらゆる業態の企業に等しく与えられます。
「よりよい商品・サービスをより安く」提供できた企業には、「世界市場」が与えられます。
重要なことは、「消費者のニーズを、潜在化しているものも含めて、『人間が欲するもの』という普遍化したレベルでとらえ、それに応える商品・サービスを開発すること」。
例えば、教育事業に関してですが、「日本国内の大学合格を目的とした受験市場」に特化した商品・サービスであれば、その市場は海外には存在しません。ところが、その商品・サービスを、教育の本質(普遍性)に立脚し、即ち、「人間の脳力開発」に根ざしたものとし、例えば「認知症予防」「アルツハイマー予防」のために資する商品・サービス開発を行い、「よりよい商品・サービス」を「より安く」提供できたとしたら、対象市場は国内だけではなく「世界市場」となります。(もちろん、この場合においても、中小企業の事業展開の戦略としては、まずニッチな部分から起こしていった方がよいように思いますが。)
実は、これとよく似た具体的な事業展開は、「公文式学習」です。
皆さん、よくご存知のとおり、「公文式学習」の市場は世界に広がっています。「公文式学習」がいかに普遍的なものか、お分かりですね。どの国においても、「人間の能力開発」という視点で、基本的にはほぼ同じサービスを展開しています。
ここでも、「IT革命」が「本質的で普遍的な商品・サービス」を求めていることが分かります。
ところが、この「普遍性」や「普遍的なもの・こと」を事象からとらえることが、日本人はもっとも弱いのです。これは、まさしく戦後教育のもっとも大きな問題点だと思っています。
さて、今日がこのシリーズの最終回のつもりで書き進めてきましたが、実はまだお話ししたいことの半分しか述べていません。(え、まだあるの・・・・

従って、当初の予定にはなかったのですが、次回、「国が消えると私たちの生活はどうなるか?」をお贈りします。(もう飽きた


では、また。
次へ → http://katsu.i-ra.jp/e4974.html

今日は久しぶりに何もせず・・・・
ずいぶん久しぶりのアップになっちゃって・・・・
今年は太宰治の生誕100周年です
信じたくはないが、戦争を起こしたい人がいるんじゃないのか!
蔵王の自然
ホンダ、F1撤退・・・・ほんとに寂しいねえ
ずいぶん久しぶりのアップになっちゃって・・・・
今年は太宰治の生誕100周年です
信じたくはないが、戦争を起こしたい人がいるんじゃないのか!
蔵王の自然
ホンダ、F1撤退・・・・ほんとに寂しいねえ
いろいろ頭の中、整理しながら拝読しました。
世の中に置いて行かれるような焦燥感・・・。
ついていけるようがんばらねば!
コメンいただくのってウレシイですね。
ありがとうございました♪
また、ブログ村で会って、いろいろなお話したいですね。
もちろん、おいしいビール飲んで、ね。ヾ(^-^)ゞ