”森”が先か、”木”が先か Ⅱ

2007年04月02日

さて皆さん、先日からの質問、「”森”が先か、”木”が先か」、考えてみましたか?
(前回の記事→http://katsu.i-ra.jp/e515.html

ん?考えていない?
そうですね、そんな愚問を考える時間があれば、もっと貴重な重要なことを考えていたいですのものね。

確かにそうかもしれません。でも、ところがですね、皆さん。このどうしようもない質問が意外に奥が深いのですよ。中にはこの質問によって大きく人生の方向性を変える人までいらっしゃるかもしれません。(少し大げさすぎますかな。)

以下、私の考えをお話しますが、これはひとつの考えに過ぎません。
この問いに正解はありませんので、私の一つの考えですから、誤解なきように。
また、それぞれの考えに優劣もありません。単に「自分の考え」なんですから。

先日もお話しましたように、実は、この質問、哲学の世界では長く大きな論争になっていたものなんです。
一見、森は一本の木が数多く集まったもの、と考えるのが、ごく自然のような感じがするのですが(、よ~く考えると、現実的には、一本一本の木の形、例えば、その枝ぶりや木々の成長は、隣り合った木々との関係や、森の様々な環境によって大きく影響を受けます。
木々が密に隣り合っていれば、一本一本の木の枝は大きく拡げることができず狭く短い枝ぶりになりますし、木々の間が大きく空いていれば、その枝ぶりは長く大きな枝が拡がっている形になります。
森の中の日陰に位置する木は成長がとまり、背の小さなものになりますし、日向に属する木は大きく成長します。

即ち、現実的には森の中の一本ずつの木は、森という大きな関係性の中で、その木の形状を決定づけている。つまり存在している、ということです。

これを、木を人間に、森を社会に捉えなおすと、人間はやはり一人では存在していない、ということになります。自分という存在は、他人がいて、社会があって、はじめてその存在がありうる、ということ。
少し視点を変えてみると、自分の性格や考え方、感じ方、価値観、は他人との関係性の中から備わってきたもの、と言えるのです。

(この後、かなり長文になりますので、一旦ここまでとします。続きは明日書きますね。では。)

次へ → http://katsu.i-ra.jp/e609.html


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Posted by かっちゃん  at 12:32 │Comments(0)生き方

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智を以って就き、而して成就されたし。然れども肝要なるは朋なり。
(漢詩に似せて書いた私の想いです。実はわが息子の名前を考える時に、作った文章です。)
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忙中閑の一瞬、時と空間、行間(?)を大切にしたいと思う今日この頃ですが・・・・馬脚馬脚。
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