「2007年04月12日」の記事一覧
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罪作りの肯定論(?)Ⅳ
第1話 → http://katsu.i-ra.jp/e816.html
第2話 → http://katsu.i-ra.jp/e840.html
第3話 → http://katsu.i-ra.jp/e882.html
さて、困ったこと。
それは、ある程度犯罪が存在するのは仕方がない、という、大変ゆゆしき見解が引き出されることです。(この議論は犯罪の被害者からみれば、まったくとんでもない話だということになるわけですが・・)
もちろん、犯罪を減らす努力は非常に大切です。ただでさえ、検挙率が落ちてきているのですから、警察にはしっかり取り締まってもらわないと。また、われわれ一人一人が犯罪防止のための努力を行うことは当然のことです。
ただ、現実的なバランス感覚にもとづくと、悪玉は決してなくならない、ということと、悪玉があってはじめて善玉の存在が光る、という世の中の構図が見えてきます。
また、犯罪が増えるのは困りものですが、そこまでいかないまでも、
あるバランスの中での悪玉は、これはある意味、世の中に必要なもの、と言えます。(誤解を恐れずに言っておりますが、「悪玉礼賛」では決してないので、ぜひとも主旨をご理解ください。)
世の中から悪玉が仮に消えたとしたら、それは同時に善玉が消えるということと同値である、と思われます。
結局のところ、われわれは悪玉の存在を認め、それをいかにうまくコントロールしてやるか。うまくコントロールできれば、悪玉の存在は、世の中の価値観の多様性を作り出し、そのことが経済社会の発展を促すことにつながります。
今日のお話は、いろいろと異論のある方が多いのかもしれません。
よろしかったらコメントかトラバを。お待ちしております。
最後に、誤解のないように。
善、普通、悪は固定的ではありませんから。決して誰かを悪玉と決め付けないように。人間は流動的で移ろいやすいものですよね。
あともう一つ蛇足を。
この世が心象風景であれば、当然、自分が変われば他人が変わるし、社会が変わるわけですよ。他人を変えようとするのではなく、自分が変われ、というのは皆さん、よく分かっていますよね。
この話題も大変面白いテーマなので、またどこかでお話したいと思います。
と、いうことで、最後は長文になってしまいましたが、ここまで読んでくださった方(きっとあなたは私と同じくかなりの変人です)、どうも本当にありがとうございました。
ではまた。
第2話 → http://katsu.i-ra.jp/e840.html
第3話 → http://katsu.i-ra.jp/e882.html
さて、困ったこと。
それは、ある程度犯罪が存在するのは仕方がない、という、大変ゆゆしき見解が引き出されることです。(この議論は犯罪の被害者からみれば、まったくとんでもない話だということになるわけですが・・)
もちろん、犯罪を減らす努力は非常に大切です。ただでさえ、検挙率が落ちてきているのですから、警察にはしっかり取り締まってもらわないと。また、われわれ一人一人が犯罪防止のための努力を行うことは当然のことです。
ただ、現実的なバランス感覚にもとづくと、悪玉は決してなくならない、ということと、悪玉があってはじめて善玉の存在が光る、という世の中の構図が見えてきます。
また、犯罪が増えるのは困りものですが、そこまでいかないまでも、
あるバランスの中での悪玉は、これはある意味、世の中に必要なもの、と言えます。(誤解を恐れずに言っておりますが、「悪玉礼賛」では決してないので、ぜひとも主旨をご理解ください。)
世の中から悪玉が仮に消えたとしたら、それは同時に善玉が消えるということと同値である、と思われます。
結局のところ、われわれは悪玉の存在を認め、それをいかにうまくコントロールしてやるか。うまくコントロールできれば、悪玉の存在は、世の中の価値観の多様性を作り出し、そのことが経済社会の発展を促すことにつながります。
今日のお話は、いろいろと異論のある方が多いのかもしれません。
よろしかったらコメントかトラバを。お待ちしております。
最後に、誤解のないように。
善、普通、悪は固定的ではありませんから。決して誰かを悪玉と決め付けないように。人間は流動的で移ろいやすいものですよね。
あともう一つ蛇足を。
この世が心象風景であれば、当然、自分が変われば他人が変わるし、社会が変わるわけですよ。他人を変えようとするのではなく、自分が変われ、というのは皆さん、よく分かっていますよね。
この話題も大変面白いテーマなので、またどこかでお話したいと思います。
と、いうことで、最後は長文になってしまいましたが、ここまで読んでくださった方(きっとあなたは私と同じくかなりの変人です)、どうも本当にありがとうございました。
ではまた。

罪作りの肯定論(?)Ⅲ
第1話 → http://katsu.i-ra.jp/e816.html
第2話 → http://katsu.i-ra.jp/e840.html
さて、どうして、この善、普通、悪の構図は、至る所にあるのか?
ちょっと考えると、わかりますよね。ある意味、当然と言えば当然のことなんですが。
すなわち、これは自分自身の心理状態なんだ、ということなんです。
即ち、結局この世の中は、自分自身の心象風景なんですから。
自分の心の中に、善、普通、悪の構図はあるわけですから。
従って、このように考えると、次のことは大変よく理解できます。
それは、よく組織論で言われること。
「悪玉を排除しても、必ずその組織の中で、新たな悪玉が生まれてくる」。
当たり前ですね。自分の心の中の悪玉は決してなくなりませんから。
悪玉を増やしたり、減らしたり、はできるでしょうが、無くすことはできないですよね。
つまり、悪玉とうまく付き合わないと生きていけない、ということです。私は、それが自然のバランスだと思っています。
古来から、わが日本国民は、このバランス感覚を非常にうまく調整できる民族であったと思います。現在もそして未来もそうであったらよいと思いますが・・・どうでしょうか。
さて、このようにとらえると、ひとつ困ったことが出てきます。
どうしましょう?
(つづく) 第4話 → http://katsu.i-ra.jp/e891.html
第2話 → http://katsu.i-ra.jp/e840.html
さて、どうして、この善、普通、悪の構図は、至る所にあるのか?
ちょっと考えると、わかりますよね。ある意味、当然と言えば当然のことなんですが。
すなわち、これは自分自身の心理状態なんだ、ということなんです。
即ち、結局この世の中は、自分自身の心象風景なんですから。
自分の心の中に、善、普通、悪の構図はあるわけですから。
従って、このように考えると、次のことは大変よく理解できます。
それは、よく組織論で言われること。
「悪玉を排除しても、必ずその組織の中で、新たな悪玉が生まれてくる」。
当たり前ですね。自分の心の中の悪玉は決してなくなりませんから。
悪玉を増やしたり、減らしたり、はできるでしょうが、無くすことはできないですよね。
つまり、悪玉とうまく付き合わないと生きていけない、ということです。私は、それが自然のバランスだと思っています。
古来から、わが日本国民は、このバランス感覚を非常にうまく調整できる民族であったと思います。現在もそして未来もそうであったらよいと思いますが・・・どうでしょうか。
さて、このようにとらえると、ひとつ困ったことが出てきます。
どうしましょう?
(つづく) 第4話 → http://katsu.i-ra.jp/e891.html
